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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)3198号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人鈴木源之助、同田口慶助、同池田左武郎、同安倍勉、同川和田弥一ら五名弁護人木村一郎の上告趣意について。

所論第一点は、刑法九六条ノ三、二項(以下単に適用法条または右法条という)にいう「不正ノ利益」の解釈を争う法令違反の主張にすぎず、同第二点ないし第五点は、いずれも法令違反を含む事実誤認の主張であり、同第六点は事実誤認の主張を出でないものであって、すべて刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。そして右適用法条にいう「不正ノ利益」の解釈として、原審が、はじめから工事を施行する意思なく、金銭その他の経済上の利益(本件の場合談合金)を得ることのみを目的として談合した場合はもちろん、はじめは工事施行の意思があっても、後に右のような利益の提供を受けることによりその工事施行の意思を放棄し、他の業者との協定(談合)に応じたときも、その利益が社会通念上いわゆる「祝儀」の程度を越え、不当に高額の場合は、同条にいう「不正ノ利益」と解すべきであるという趣旨を判示したのは正当である。所論(第一点)は独自の見解であって採用できない。また同条にいう「公正ナル価格」とは、入札を離れて客観的に測定されるべき価格をいうのでなく、その入札において公正な自由競争が行われたならば成立したであろうところの価格をいうのであるという趣旨は、当裁判所のすでに判例(昭和二八年(あ)第一一七一号同年一二月一〇日第一小法廷決定、集七巻一二号二四一八頁参照)とするところである。この趣旨にもとづいて原審の証拠を検討してみると、原審の事実認定に誤りはなく、また所論のような法令違反もない。

被告人伊藤長太郎、同佐川亀治、同高橋子之吉、同六郷順一、同木村郁郎、同佐藤武夫、ら六名弁護人荒川正一の上告趣意について。

所論は、原判決は、「談合」そのものを違法行為と見たため、本件適用法条にいう「公正ナル価格」、「公正ナル価格ヲ害スベキ目的」の解釈を誤り、理由にくいちがいを生じ、かつ大審院、高等裁判所判例に違反すると主張する。しかし、右法条にいう「談合」とは、所定の目的をもって競売、入札の競争に加わる者がたがいに通謀し、その中の特定の者を落札者ないし競落者たらしめるため、他の者は一定の価格以下または以上に入札または付値しないことを協定する趣旨であって、かかる目的と全く関係のない単なる談合は、同法条の処罰の対象となるものではないと解すべきところ、原判決の判示とその引用の証拠を対照してみると、判文の趣旨は、右解釈に則ったものであること明らかであって、所論のような誤りに立つものとは認められない。そして右法条にいう「公正ナル価格」の意義は、木村弁護人の所論について説示したとおりであり、これを「害スベキ目的」について、原判決が、目的とは意思と同意義であり、公入札の場合、競争者が公正価格を害することを認識し、または未必的に認識することと解すべき趣旨の判示は、これにつづくくわしい説明と合せ解読すれば、所論のように事実の証明をまたず、談合の事実があれば当然右のような認識があり、また目的要件を充す旨を判示したものと解することはできない。されば原判決は、所論引用の各判例に反するものとは認められない。

被告人六郷順一、同安倍勉、同佐藤武夫ら三名弁護人高橋隆二の上告趣意第一点について。

所論(一)は、本件適用法条後段にいう「不正ノ利益ヲ得ル目的」の趣旨について原判決の解釈を争い、判例違反を主張する。しかし右法条後段にいう「不正ノ利益」とは、木村弁護人の論旨について説示したとおりであって、これを得る目的をもって成立する罪も、右法条前段の場合と同じく入札の公正を害する危険あるがゆえに処罰の対象となるのであるが、ただこの場合の危険は抽象的に存すれば足り、前段の場合のように、公正な価格を害する具体的危険あることを必要としないと解するを相当とし、従って前記「不正ノ利益」について示したような態様が存すれば、当然右抽象的危険が存するものと認めるに充分であるとする趣旨にほかならない。原判決はこれと同趣旨に出でたものであって誤りはない。所論引用の東京高等裁判所判例は、不正の利益について、これを得る行為の態様についてなんら説示せず、被告人がその利益を得るために当該入札における公正な価格が害せられたか否かによって定むべきものとするのであるが、この趣旨が前示のように抽象的危険の有無を示したにすぎなければ判例違反の問題を生じないし、またそうでなく具体的な危険の有無のみによってその性質を定むべきものとするにあれば、これと相容れない異なる趣旨の高等裁判所判例も存するところであって(昭和二九年(う)一四九四号、一五〇一号同年一一月二五日福岡高裁第三刑事部判決、高裁刑事裁判特報一巻一一号四九四頁。昭和二九年(う)自九二四号至九二六号同年一一月三〇日福岡高裁第三刑事部判決、高裁刑事判例集七巻一〇号一六一〇頁)本件判決により、前記東京高等裁判所判例は、変更せられたものと認むべきものである。

次に所論(二)は、本件適用法条前段にいう「公正ナル価格ヲ害スル目的ヲ以テ」の解釈について原判決を非難し、所論引用の東京高等裁判所判例に違反すると主張する。しかし「公正ナル価格」の意義については、木村弁護人の論旨について説示したとおりであるほか、所論引用の東京高裁判決が所論摘示のように、当該事案における判示の場合においては、その最後の随意契約により締結された価格を談合により形成された価格と認めるべきであるとしたに止まり、一般的にかかる判断を示したものと認めることはできない。従って判例違反の主張は当らない(なお右東京高裁判例が一般的判断を示したものとすれば、その後において前掲木村弁護人の論旨に対する説示に引用した当裁判所第一小法廷の判例が、法条前段の目的で競争者が互いに通謀しある特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下または以上に入札しないことを協定するだけで足り、それ以上その協定に従って行動したことを必要とするものでないとする判示により、この趣旨と相容れない限度において判例としての効力を失ったものと解すべきである)。従って所論は法令違反の主張たるにすぎず、かつ原判決の判断は右引用当裁判所判例に適合しなんら違法ではない。

同第二点について。

所論は、事実誤認、法令違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人竹内幸治の弁護人阿部正一の上告趣意について。

所論は、憲法二八条違反をいうが、その実質は、事実誤認、採証法則または法令に違反すると主張するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして原判決の挙示する証拠と判示説明とを対照すれば、原審の判断は正当であって、所論のような違法はない。

被告人鈴木源之助の弁護人大高三千助の上告趣意第一点第二点について。

所論は、いずれも単なる法令違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(所論第一点は適用法条前段、同第二点は、同後段の解釈について原判決を非難するのであるが、その趣旨については、木村弁護人の論旨に対し説示したとおりであり、原判決の判断は正当であって所論のような違法はない。)

その他記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)

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